本  編  「詩を書く」  「握手」  「手術前夜」

 
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詩を書く

 

もうしばらく
詩を書いた事などなかったのに
その存在すら忘れていたのに

房子がこんな事になってから
言葉の断片どもが
次々に浮かび上がってきては
私に その居場所を要求するようになった

私は手当たり次第
身近の紙片に走り書きしていたが
それらを放ったままでいることは
そろそろ限界だ

きちんとした身体を作って
それぞれの言葉に居場所を与えることが
房子への最後のプレゼントだと
いつしか思うようになった

まだ生きている内に
始めなければという
根拠無い強迫観念に囚われて
妻のベッドサイドで言葉をさがす

 

 


 

 

 握 手

 

 

別れの握手をすると
房子は
衰えつつある力の
全てを出して
僕の手を握り 
離そうとしない

そして
大きな目で
 じっと見つめる

目は僕に訴えかける
・・・・・・・・・・・・・・・・
私どうしたらいいのかしら

房子自身
自分に残された道が
一 つしか無いのは分かっているのだけれど
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
全ての道が閉ざされてしまい
後はただ
次第に増加してゆく痛みに耐えながら
じっと死を待つしかないと
分かっているのだけれど
つい
こぼれ落ちる心の叫び
・・・・・・・・・・・・・・・・
私どうしたらいいのかしら

僕は何の言葉も見いだす事が出来ず
ただ
無言で彼女の手を握り返す

すっかり痩せて
老人のようになったその手を
壊れないように そっと
そして
僕の愛情が伝わるように
熱く

                (11月26日)

 

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 房子は全く愚痴を言う事はありませんでしたが、不安で胸が押しつぶされそうになったり、苦痛に耐えきれなくなると小さな声で「私どうしたらいいのかしら」とつぶやくことがありました。そんなとき僕は同伴者としての無力さを痛感し胸がえぐられるような気がするので

した。

 

 

 

 

 

 

 

8月20日   手術前夜


いよいよ手術は明日だ
遠くから専門の外科医がやって来る
腹膜ごと腫瘍を除去するという
大胆な手術なので
皆が注目している

主任のドクターは言う
大量の輸血が必要となるでしょう
外科医や麻酔医が総出で手術に当たります

房子と語る
大きな手術になりそうだけど怖くないかい
・・・・・・・・・・・・・・
元気だったら
つい考えて不安になるかもしれないけど
身体がだるくて苦しいとそんな余裕はないわ
なるがままに
といった感じ
nobudou.jpg ・・・・・・・・・・・・・・
若いドクターが来て
いよいよ明日ですねと言うので
もうここまで来たのだし
何があっても文句は言いません
って言っておいた

成功しても
失敗しても
楽になれるわ

 


 



8月21日 手術の日

手術は7時間以上かかりました。
勿論、腫瘍を全部取る事は最初から期待していませんでしたが、堅い腫瘍では前回が2割程度の切除とすると、
今回は5割程度でしょうか。更にゼリー状のものも沢山取ったそうです。
大規模の切除だったので出血も多く、輸血は5000cc以上だったそうです。
血圧が下がり、一時はショック状態となりあわてた事もあったが(若いドクター談)、何とか持ち直したとの事。
横隔膜に加えて肺にも穴が開いたそうで、7,8本の管につながれていた。
目下はICUで人工呼吸器の世話になっている。
回復については予断を許さないので、いつでも来院出来るようにして、自宅で待機してくれとの事。
ICUに面会に入った時もまだ麻酔を使っていて、意識はなく、チューブに取り囲まれてぐったりしている様子は、とても可哀相でした。
小腸に張り付いているがっちりした腫瘍はとても取れなかったそうですが、横隔膜の下の部分や胃・十二指腸を圧迫
している腫瘍、骨盤内部の腫瘍、腹膜に張り付いている腫瘍など、沢山取ったので飛び出していたお腹の上部は平ら
になったが、下腹部は小腸の腫瘍があるので 元通り突き出ているとの事。
心配していた人工肛門は付けなくて済みましたが、骨盤内部のゼリー状の物体の圧力を減らすために、ここからの管は残そうと思うと仰っていました。


8月22日  

ICUに入って行くと、房子は薄目を開けて寝ている。その内目を開けたので、分かるかいと声を掛けると、うんと頷く。人工呼吸器が付いているので声を出せないのだ。しきりに唇を動かしているが聞き取れない。手先を動かしながら目で何かを語っている。
その内分かった。 今何時という事と、手が拘束されている事を訴えていたのだ。
沢山管が付いているので、寝ぼけて引き抜かないように拘束しているけど、明日まで我慢してね、と話す。
手術はうまくいって経過は良好だから安心してね。
その内目をつぶって静かな寝息を立てている。  まだ麻酔が効いているのか痛み止めのせいだろう。

 

 

 

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