魂のリレー

 ポカポカ陽気に誘われて久しぶりに西部地区を散策した。今回は東京から来た村松さんという、まだ二十代の若い夫婦と一緒の文学散歩だった。それまではすべてメールのやりとりだけで、会うのも話すのもその日が初めてだった。そんな、ちょっぴり不安を抱いての対面だったが、二人の笑顔を見た途端、その心配はすぐに吹っ飛んだ。
 わたしと村松さんとの出会いのきっかけは佐藤泰志だった。この出会いまでにはちょっとした物語があった。簡単に紹介すると次のような話だ。
 村松さんは小説「冷静と情熱のあいだ」を読んでフィレンツェにまで行ってしまうほどの辻仁成のファンだった。その後、「海峡の光」の舞台である函館にもやって来て、「函館物語」を片手にそこに出てくるスポットや店などを片っ端から訪ね歩いた。そのひとつに柳小路のバー「杉の子」もあった。そこで村松さんは店を切り盛りしている元子さんから、佐藤泰志の名前を初めて聞かされ、がぜん興味を抱いた。 
 それからの村松さんの行動力は並大抵ではない。早速、佐藤の小説を図書館から借りて読みあさる一方、インターネットを活用して関連資料を集め、さらに函館へも再度足を伸ばす。函館では、文学館や図書館で佐藤に関する資料を探し、さらに「海炭市叙景」に登場するいくつかの場所へも直接足を運んだ。その過程で村松さんはわたしのホームページを知り、佐藤の追想集を申し込んできた。それから佐藤に関してのメールのやりとりが始まった。
 わたしが「杉の子」に立ち寄った時、元子さんから村松さんが店に来た時の様子を聞くことが出来た。その話を聞いているうちに、若い村松さんが佐藤に何故関心を持ったのか、その理由を知りたくなった。
 元町界隈は三月初めにドカッと降った雪がまだ所々道ばたに残っていた。途中、西高校の前で立ち止まり、佐藤や辻のことを語り合った。村松さんは「佐藤さんのことをいつも話したいと思っているのですが、周りに話せる人がいないんですよ」と嘆いた。そばで聞いていたやさしそうな目をした旦那さんは少し困ったように微笑んだ。
 真剣な表情で佐藤への思いを語る村松さんの姿にわたしはいたく感動していた。村松さんのような若い世代が佐藤の小説から何かを掴み取ろうとしていることがとてもうれしかった。
 佐藤が亡くなってからすでに十年以上も経った。佐藤が伝えようとしたその思いは、様々な人たちの心の中に今もなお残っていて、魂のリレーのように次の世代へと引き継がれてゆく。

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