イマジン
ついにアフガンへの報復攻撃が始まった。「ショウ・ザ・フラッグ」と米国から迫られ、かん高い正義の声を後ろ盾にして日本は今、日の丸の旗を掲げた自衛隊の国外派兵の道を突き進もうとしている。ブッシュ大統領は「テロリストの側に立つのか、米国の側に立つのか」という二者択一を迫ったが、ことはそう簡単に割り切れるものではない。物事を単純化し、全体が一色に染まることが、時にどんな悲惨な結果をもたらすかは、過去の歴史から学ばねばならないことだ。そんな中、大統領の武力行使を認める米下院での決議に対して、ただ一人(四二〇対一)反対票を投じた議員がいたことにわずかな救いを感じた。
あの事件以来、自由の国を標榜する米国でも、ラジオ局が「明日に架ける橋」や「イマジン」などの曲を流すのを自粛したという。平和を希求するそれらの曲の歌詞が報復の機運に水を差すということなのだろう。しかしその結果、ラジオ局には逆にそれら自粛曲へのリクエストが殺到した。ここにも健全な民主主義は存在していた。
先日、「強いアメリカ」を強調する大手企業によるキャンペーンが連日繰り広げられていたニューヨークタイムズ紙に、「想像してごらん。すべての人々が平和に暮らしていることを」という「イマジン」の歌詞の一節だけが書かれた全面広告が掲載された。この広告を載せたのはオノ・ヨーコだったが、彼女の夫であったジョン・レノンは徹底した反戦思想の持ち主であるが故にFBIから常にマークされ、アメリカからの国外退去命令を出されたこともあった。そのジョンの平和への強い意志を、今だからこそ伝えなければならないとする彼女にも、先の女性議員と同様の本物の知性と勇気を見ることが出来た。
先の大戦で広島・長崎に原爆を落とされた日本は報復をしなかった。そのことの意味は限りなく大きいと思う。何故、報復しなかったのか。もちろん報復するだけの力も、そして、それ以前にアジア各国に対して与えた悲惨さを考えるならば、報復する根拠足りうる「正義」もそこには存在しなかったからだ。しかし、それ以上に大きかったのは、まぎれもなく戦争という手段を永久に放棄すると宣言した憲法第九条の存在ではなかったか。そして、ある意味で日本という国自体が直接どこのテロ組織の標的にならずにすんだのも、その第九条によって半世紀以上もいかなる国に対しても軍事行動をとらなかったからではなかったのか。「日本の顔が見えない」「金で済まそうとする腰抜け」と言われようともいいではないか。それがあの戦争を反省し、第九条を柱に据えて再出発した戦後日本のアイデンティティであるのだから。
ジョン・レノンがニューヨークの自宅前で射殺されてからもう二十年以上が経つ。彼の命日となった十二月八日は、奇しくも数十年前、日本が真珠湾を奇襲攻撃した日としても記憶されている
立待岬エッセイ集に戻る