がんばらない
最近めっきり涙もろくなった。まさしくこれが老いというものなのだろうが、わたしは認めたくはない。だが、そんなわたしに挑戦するような本に出会ってしまった。その本は鎌田實「がんばらない」(集英社)。この本の帯に「あなたは何度泣くでしょう」と書いてあった。それを見た途端、そんな見え見えのコピーに惑わされるものかという闘争心がふつふつと沸き起こってきた。だが結果的には、そんな闘争心は無惨にもうち砕かれることになる。この本を読んでいる間中、わたしは何度も、机上にあるティッシュの世話になってしまったのだ。
この本を読もうと思ったのは、諏訪中央病院長である著者がわたしと同世代で、同じ時代に東京で学生運動に関わっていたことを知ったからだ。わたし自身ずっと、同世代のいわゆる「全共闘世代」と呼ばれた者たちが、その後どのような人生を辿り、そして現在どのような生活を送っているのかを注目してきた。つまり、あの頃の理想を、肯定的にであれ否定的にであれ、どのような形で抱え込みながら現在を生きているのかを知りたいと思っている。
この本もそんな思いから読み始めた。医学部の封建的な体制を批判し学生運動にのめり込んだ著者は、やがて東京を離れ、当時つぶれかけて患者も来ないような諏訪中央病院に赴任した。そこで「住民とともにつくる医療」を提案し、介護保険制度の先駆けのような在宅ケアを実践する。やがて、この病院は地域住民の信頼を得てゆく中で、地域医療やホスピスのモデルにもなり、全国から多くの見学者が訪れるほどになる。
この中で特に印象に残ったのは、医者のみならず、看護婦や事務職員などの病院の全スタッフ、さらには家族や地域の人々までもが、それぞれの立場を超えて患者のための病院づくりに奔走する姿である。まさしくこのような、上からのお仕着せではない、地域の中で生まれ育まれてゆくようなあり方が、病院だけでなく例えば学校などにおいても、今求められているように思うのだ。
この本には諏訪中央病院の再生までの道のりや患者との交流、そして数々の別れのエピソードが綴られている。特に、迫り来る死を淡々と受け入れてゆく患者たちの凛然とした姿にわたしは感動し、何度も目頭を熱くした。と同時に、著者がかつて掲げていた理想の旗を、今もなお追い求めているその姿にも感銘を受けた。
タイトルの「がんばらない」は、この病院の廊下に掲げてある知的障害を持つ女性が書いた言葉である。多くの患者がこの書の前で立ち止まり、ほっとした表情を見せるという。
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